正社員だけど雇用契約書がない! 違法性とトラブル対処法を弁護士が解説

2020年03月30日
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正社員だけど雇用契約書がない! 違法性とトラブル対処法を弁護士が解説

大阪労働局が発表した、平成30年における送検状況によると、労働基準法・労働安全衛生法等の違反被疑事件として検察庁へ送検された件数は75件。うち労働基準法等違反は30件、労働安全衛生法違反45件でした。前年からは13件増え、大阪においても労働問題は増加傾向にあることがわかります。

労働トラブルにも様々な種類がありますが、今回取り上げるのは、正社員で雇われたのに雇用契約書がないケースです。

「残業代を支払ってほしいが応じてもらえない」「入社前に聞いていた労働条件と違うのではないか」このような悩みがあっても、雇用契約書が確認できない場合、どう対処すればよいのでしょうか。堺オフィスの弁護士が丁寧に解説します。

1、雇用契約書とは?

  1. (1)労働条件についての合意を示す書面

    雇用契約書とは、労働条件について労働者と使用者(以下、「雇用者」といいます。)が合意したことを示す書面のことです。業務内容・労働時間・賃金賞与などの条件に従業員が合意すれば、署名捺印をします。

    入社してから労働条件が違うなどの理由でトラブルになった場合、この雇用契約書が有力な証拠となります。口約束では、後から争いになる可能性があります。目に見える雇用契約書という形で残しておけば、様々なトラブルを避けられるでしょう。そういう意味では、雇用者にとっても労働者にとっても、雇用契約書をきちんと取り交わしてしておくことは有益なことなのです。

    とはいえ、中には雇用契約書を作成しない企業も存在します。経営がずさんであるケースや、新しく立ち上げたばかりの企業で手が回らないなど理由は様々でしょう。
    しかし、雇用者の事情で雇用契約書を交付しないのは、法律上問題ないのでしょうか?

  2. (2)雇用契約書がなくても違法ではない

    実は、雇用契約書の交付について法律上の義務はなく、違法性もありません。

    雇用者と労働者の間に対等な合意さえあれば、口約束でも労働契約は成立するのです。
    労働契約とは「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うことについて労働者及び使用者が合意することによって成立する」(労働契約法第6条)とされています。

  3. (3)雇用者が必ず提示すべき6つの労働条件

    もし契約が口頭のみだったとしても、労働基準法第15条では、「使用者は、労働契約の締結に際し、労働者に対して賃金、労働時間その他の労働条件を明示しなければならない」として労働条件の明示義務を定めています。これに違反すると、30万円以下の罰金という罰則が雇用者に科されるとされています(労働基準法第120号第1号)。

    労働条件の明示が義務付けられている事項は、具体的には以下のものがあります。

    ●労働契約の期間
    期間の定めのある労働契約の場合には、いつからいつまで働く労働契約なのかということ、契約更新の基準などが明記されます。正社員の場合には、“期間の定めがない”と記載されるケースが一般的です。

    ●期間の定めのある労働契約を更新する場合の基準
    契約期間の定めがあり(有期労働契約)、かつ更新する場合がある契約に限ります。

    ●就業場所・業務の内容
    どこでどんな業務内容を遂行するのかということも、重要な労働条件です。

    ●労働時間
    始業・終業時間、残業の有無、休憩時間、休日・休暇など労働時間に関する事項も、必ず明示する義務があります。

    ●賃金
    基本給の金額、残業代・休日手当の計算方法の明示も義務づけられています。また、給与の締日・支払日、支払い方法などについても同様です。

    ●退職・解雇
    退職する場合の方法、また、解雇する場合の事由を明示する義務もあります。

    また、上記の項目は、労働基準法に違反しない内容でなければなりません。
    労働基準法には、全ての労働者が健全な環境で安心して働けるようになるためのルールが定められています。

  4. (4)定めがある場合のみ明示義務のある労働条件

    一方、定めがある場合のみ明示すればよいとされる労働条件も存在します。例えば、退職手当は、それ自体が存在しない会社もあるでしょう。その場合、そもそも明示することはできず、その義務もありません。

    法律上は、労働条件の相対的明示事項と呼ばれ、以下のものが該当します(労働基準法第15条)。

    • 退職手当に関する事項
    • 臨時に支払われる賃金・賞与などに関する事項
    • 労働者に負担させる食費・作業用品などに関する事項
    • 安全衛生に関する事項
    • 職業訓練に関する事項
    • 災害補償、業務外の傷病扶助に関する事項
    • 表彰、制裁に関する事項
    • 休職に関する事項


    労使トラブルを未然に防ぐため、義務はなくとも、これらを明示している企業もあります。

2、雇用契約書がない会社はブラック企業?

繰り返しになりますが、雇用契約書がないこと自体は違法ではありません。しかし、労働条件通知書などといった労働条件を記載した書面すら一切渡されていない場合には、労働基準法違反と考えられます。

しかし、創業して間もなかったり、小規模な企業であったりする場合、雇用契約書にまで手が回らないこともあるかもしれません。雇用契約書がもらえなかったからと言って、必ずしも“ブラック企業”とは言えないのです。

「安心して働きたいので雇用契約書か労働条件通知書をいただけないでしょうか?」とお願いしたとき、どのような反応をされるかが、ブラック企業かどうかの判断の一助になるでしょう。

3、雇用契約書がない際に起こりうるトラブルとは

雇用契約書は、仕事の根幹をなす重要な条件についての労使の合意を形にしたものです。合意がないまま働き始めると、「聞いていた話と全然違う」「こんなはずじゃなかった」ということになりかねません。

考えられる具体的なトラブルは以下の通りです。

  • 事前に説明されていたよりも、実際の給料が低かった
  • 事前に説明されていた業務内容や就業場所と異なっていた
  • 残業がないと言われていたから入ったのに、長時間残業を強いられている
  • 週休二日制と聞いていたのに、実際には週休1日だった
  • 長期休暇を取ろうとしても取れない
  • 勤務態度に不備はなかったはずなのにクビにされた
  • 一方的に会社に有利な就業規則があった
  • 試用期間はないと言われていたのに、実際にはあった


「聞いていない」と言っても、口約束には証拠がありません。立場の強い雇用主に従ってしまうケースもあるでしょう。おかしいと感じたら、ひとりで悩まず弁護士に相談してみることがおすすめです。客観的な立場のアドバイスを得ることで、解決につながるかもしれません。

4、雇用契約書がない会社は退職したほうが良い?

  1. (1)労働条件の明示のない会社は避けるべき

    まだ入社が確定していない段階であれば、「雇用契約書」や「労働条件通知書」がもらえるか確認してみましょう。それでも交付されないならば、なるべく入社を避けたほうがトラブルにはなりにくいでしょう。予想もしていなかった過酷な労働環境で働かされることになりかねません。

  2. (2)会社に「雇用契約書」または「労働条件通知書」を求める

    入社した後で労働条件が違うと感じたら、まずは会社に「雇用契約書」または「労働条件通知書」の明示を求めてみましょう。
    万が一拒否された場合を考え、やり取りは録音データやメール、口頭で伝えられたらメモ(日時も記載)を残しておきましょう。弁護士に相談する際に、これらを元に具体的な対応策を考えることができます。

  3. (3)労働基準監督署に相談する

    従業員に労働条件を明示しないことは違法ですから、各都道府県にある労働基準監督署に相談すれば対処してもらえる可能性があります。労働基準監督署とは、管轄区域内にある企業が労働基準法に違反していないか監督・指導する厚生労働省の出先機関です。労働トラブルの無料相談、会社への立入調査、会社への改善命令、経営者の逮捕などの業務を行っています。

    相談するときは、なるべく証拠を集めてから行くようにしましょう。労働基準監督署は常に多数の案件を抱えており、深刻なトラブルから優先的に対応しています。そのため、全ての相談についてすぐに動いてもらえるとは限らないことに注意してください。

  4. (4)労働問題に明るい弁護士に相談する

    労働問題を中心に取り扱う弁護士に相談するのも、有効な手段です。労働法について専門知識と実務経験を有しているため、法的根拠を明示しながら依頼者の代わりに雇用主へ主張してくれます。また、なるべく事を荒立てずに解決したい際にも、さまざまな労働案件を解決した弁護士であれば、労働者の気持ちに寄り添って適切な対応をとってくれるでしょう。

  5. (5)最終手段として退職することも検討する

    耐えがたい労働環境であり、かつ改善の見込みがない場合には、体調を崩す前に退職を検討することをおすすめします。民法第627条では「当事者が雇用の期間を定めなかったときは、各当事者は、いつでも解約の申入れをすることができる。この場合において、雇用は、解約の申入れの日から二週間を経過することによって終了する」と定めています。雇用期間の定めがない場合は、退職したい日の14日前までに退職の意思表示をしましょう。

    なお、無事に辞められるかどうか心配なときや無理な引き止めにあった場合は、弁護士に相談しましょう。退職は労働者の権利です。弁護士名義で「内容証明郵便」を送ったり会社との交渉を任せたりすることも可能です。

5、まとめ

雇用契約書がないこと自体は違法ではありませんが、労働条件の明示は法律上義務付けられており、これに違反した企業は罰則の対象になります。
もしも労働条件通知書を求めても拒否された場合には、労働基準監督署や弁護士に相談されることをお勧めします。堺オフィスでは労働トラブルに強い弁護士が相談を受け付けております。ぜひお気軽にお問い合わせください。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています