残業代の繰り越しは違法|残業代が正しく支払われないときの請求方法

2023年01月19日
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残業代の繰り越しは違法|残業代が正しく支払われないときの請求方法

長時間労働が疑われるとして、2020年度に大阪労働局より監督指導を受けた事業場は712事業場でした。なお、そのうち80事業場は賃金不払残業があったとされています。

賃金不払いの中には、残業代の繰り越しによる未払いも一定数含まれていたことでしょう。本来、残業代(残業手当)は、その月に対応する給与支払日に全額を支払わなければなりません。そのため、残業代を翌月に繰り越すことは、労働基準法違反です。

もし会社から残業代を繰り越すといわれたら、未払い残業代が発生することになるため、弁護士へ相談することをおすすめします。今回は、残業代の繰り越しが違法である理由や、未払いとなっている繰り越し残業代を会社に請求する方法などについて、ベリーベスト法律事務所 堺オフィスの弁護士が解説します。

出典:「長時間労働が疑われる事業場に対する令和2年度の監督指導結果を公表します(令和3年)」(大阪労働局)

1、残業代の繰り越しは違法

1か月当たりの人件費に上限を設けるなどの理由で、残業代の支払いを翌月以降に繰り越す会社があるようです。しかし、残業代を翌月以降に繰り越すことは、労働基準法違反に該当します。

  1. (1)残業代の繰り越しは「賃金全額払いの原則」に反する

    労働基準法第24条第1項は、賃金の支払いについて以下のとおり定めています。

    賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。


    この一文には、以下の3つの原則が明記されています。

    ① 通貨払いの原則
    賃金は原則として、日本円で支払わなければなりません。

    ② 直接払いの原則
    賃金は仲介者を通さず、労働者に対して直接支払わなければなりません。

    ③ 全額払いの原則
    発生済みの賃金は、法定の控除(社会保険料など)などを除いて、全額を支払わなければなりません。


    当然ながら残業代も賃金に該当するため、これらの原則が適用されます。そのため、すでに発生している残業代を翌月以降に繰り越すことは、上記のうち「全額払いの原則」に違反しています。

    したがって、残業代の支払いを繰り越すことは、労働基準法違反に該当するのです。

  2. (2)違法な残業代繰り越しのよくあるパターン

    違法な残業代の繰り越しのパターンとしては、以下の例がよく見られます。

    ① 毎月の残業代に上限を設けている
    たとえば「月45時間を超えた分の残業代は、翌月以降に繰り越す」などの独自ルールを定めているケースがあります。しかし、全額払いの原則により、残業代がどんなに高額であったとしても、発生済みの分は全額を労働者に支払わなければなりません。したがって、毎月の残業代に上限を設けて、それを超えた分を繰り越す運用は労働基準法違反です。

    ② 残業代はボーナスとまとめて支払うことにしている
    残業代の支払いを先延ばしにするため、ボーナスとまとめて残業代を支払うことにしている会社もあるようです。この場合も、すでに発生した残業代を翌月以降に繰り越しているため、労働基準法違反に当たります。

2、繰り越されて支払いが遅れた残業代には、遅延損害金が発生する

繰り越された残業代は、本来であれば発生した月の給与支払日において支払われるはずだったものです。

つまり支払いが遅れたことになるため、遅れた日数に応じて遅延損害金が発生します。

  1. (1)繰り越し残業代に係る遅延損害金の計算方法

    繰り越し残業代の遅延損害金は、労働契約などで特約(約定利率)が定められていない限り、法定利率によって計算します(民法第419条第1項)。

    2020年4月~2023年3月の3年間は、法定利率は3%です(民法第404条第2項、第3項。2023年4月以降は見直される可能性があります)。

    遅延損害金の計算式は、以下のとおりです。

    遅延損害金=繰り越し残業代の金額×法定利率(3%)×遅延日数÷365日


    たとえば残業代3万円につき、繰り越しによって支払いが30日間遅れたとします。
    この場合、遅延損害金は「74円」となります。

    遅延損害金
    =3万円×3%×30日÷365日
    =74円(小数第一位以下四捨五入)


    繰り越し残業代の支払遅延が長期間に及ぶほど、遅延損害金は増えていきます。上記のケースでは、60日間遅れた場合は「148円」、90日間遅れた場合は「222円」の遅延損害金が発生します。

  2. (2)遅延損害金を請求するには訴訟提起が必要

    ただし、交渉や労働審判を通じて未払い残業代の支払いを取り決める際には、遅延損害金はカットすることが実務上多くあります。

    したがって、どうしても遅延損害金を請求したければ、訴訟を通じて残業代を請求する必要があります。

    しかし、訴訟はかなりの時間と費用がかかるため、遅延損害金のためだけに訴訟を提起するのは現実的ではないでしょう。訴訟によって残業代を請求するのは、遅延損害金を獲得するためではなく、交渉や労働審判では解決できない問題を解決するためであるとご理解ください。

3、固定残業時間の繰り越しも不可

会社によっては、固定残業時間に対応した定額残業代を支給する残業制度を採用しているケースがあります。

このような制度を「固定残業代制(定額残業代制)」といいます。固定残業代制の場合、実際の残業時間が固定残業時間に届かなくても、会社は固定残業代全額を支払う必要があります。

その一方で、実際の残業時間が固定残業時間を超過した場合には、超過分について追加残業代を支払うことが必要です。

たとえば固定残業時間を45時間としているところ、7月に30時間、8月に60時間の残業をしたとします。

この場合、7月の残業時間は固定残業時間に届いていませんが、固定残業代全額を支払わなければなりません。

一方、8月の残業時間は固定残業時間を15時間超過していますので、15時間分の追加残業代が発生します。

しかし、実際の残業時間が固定残業時間に届かなかった未消化分を、翌月に繰り越す運用をしている会社があるようです。

上記の例でいえば、7月の残業時間が固定残業時間に届かなかった15時間分を翌月に繰り越し、8月は残業60時間まで追加残業代を支払わない運用がこれに該当します。

固定残業代制の本来のあり方からして、上記のような「固定残業時間の繰り越し」は違法です。上記の例において、仮に8月の追加残業代を支払わなかったとすると、15時間分の残業代が未払いとなります。

4、繰り越された残業代は退職後も請求可能|請求方法は?

残業代が繰り越された状態で退職することになっても、退職後に会社に対して繰り越し残業代を請求できます。

さらに、在職中にサービス残業などを行っていれば、未払い残業代の請求額を上積みできるでしょう。弁護士のサポートを受けながら、会社に対して適正額の残業代を請求することをおすすめします。

実際に会社に対して未払い残業代を請求する方法は、以下のとおりです。

  1. (1)残業の証拠を集める

    まずは残業をしたことの証拠を集める必要があります。以下に挙げるのは、残業の証拠として活用できるものの一例です。

    • 勤怠管理システムやタイムカードの記録
    • 会社オフィスの入退館記録
    • 交通用ICカードの乗車記録
    • 会社システムへのログイン、ログアウト記録
    • 業務上のメール
    • タクシーの領収証
    • 業務日誌
    など


    利用できそうな証拠はできるだけ豊富に集めておくことが、残業代請求を成功させるためのポイントになります。

  2. (2)残業代の金額を計算する

    残業の証拠が集まったら、請求する残業代の金額を計算します。

    残業代の金額は、以下の計算式によって求められます。

    残業代=1時間当たりの基礎賃金×割増賃金率×残業時間数


    1時間当たりの基礎賃金は、残業代や賞与などを除外した賃金の総支給額をベースに計算します。

    また、割増賃金率は残業の種類によって、以下のとおり異なります。

    残業の種類 割増賃金率
    時間外労働 125%
    ※1か月当たり60時間を超える部分については150%(中小企業は2023年3月まで125%)
    休日労働 135%
    深夜労働 125%
    時間外労働+深夜労働 150%
    ※1か月当たり60時間を超える部分については175%(中小企業は2023年3月まで150%)
    休日労働+深夜労働 160%

    正確に残業代を計算するためには、労働基準法を正しく適用する必要があるため、実績ある弁護士にサポートを求めるのがおすすめです。

  3. (3)実際に残業代を請求する

    残業代の計算が済んだら、実際に会社に対して残業代を請求しましょう。

    残業代請求の手続きには、主に以下の3通りがあります。

    ① 交渉
    会社と直接交渉して、合意に基づき未払い残業代を精算します。合意が得られれば、コストをかけず迅速に解決できる点がメリットです。

    ② 労働審判
    裁判所で行われる労働審判手続きを通じて、調停または労働審判に基づき未払い残業代を精算します。審理が原則として3回以内で終結するため、迅速な解決が期待できます。ただし、労働審判に対して異議が申し立てられることもあり、その場合は訴訟に移行します。

    ③ 訴訟
    裁判所に訴訟を提起して、公開法廷で残業代請求について会社と争います。時間がかかるケースが多いですが、未払い残業代に関する問題を終局的に解決できます。


    いずれの手続きによって残業代を請求する場合でも、弁護士によるサポートが大いに役立ちます。繰り越し残業代などの未払い残業代を会社に請求したい場合は、一度弁護士にご相談ください。

5、まとめ

発生済みの残業代は翌月以降に繰り越すことは、労働基準法上の「全額払いの原則」に反する違法行為です。繰り越し残業代を含む未払い残業代は、在職中・退職後のいずれであっても、会社に対して請求できます

未払い残業代の支払いを求めるに当たっては、労働基準監督署に相談するのも一案ですが、弁護士であれば、より直接的なサポートをご提供します。

ベリーベスト法律事務所 堺オフィスは、適正額の未払い残業代を回収できるように、徹底的な調査・検討を行ったうえで、毅然とした態度で会社と交渉いたします。未払い残業代の請求をご検討中の方は、ぜひ一度当オフィスまでご相談ください。

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