勤怠の不正打刻・改ざんをした社員は解雇できる? 適切な対処方法
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もしも従業員によるタイムカードの不正打刻・虚偽申告・改ざんなど、勤怠の不正が発覚したら、会社としてはどのように対応すべきでしょうか?
会社としては「不正打刻をするような不誠実な社員には、会社を辞めてもらいたい」と考えても、不当に重い処分は無効になってしまうおそれがあります。
大阪労働局が公表している「平成30年における司法処分状況について」によると、平成30年に労働基準法・労働安全衛生法等の違反被疑事件として検察庁へ送検された75件のうち、労働基準法違反の解雇(労働基準法第20条)は3件で、前年より増加傾向にあります。
しかし、労働基準法違反の取り締まりは厳しくなる傾向があり、いくら不正打刻をした従業員であっても無理に辞めさせようとすると、逆に不当解雇として起訴される可能性があります。
では、不正に勤怠を申請した従業員を穏便かつ適法に処分するためには、どうすれば良いのでしょうか。ベリーベスト法律事務所 堺オフィスの弁護士が解説します。
1、勤怠の不正は何の罪にあたるか
タイムカードの不正打刻や改ざん・勤怠の虚偽申告は、実際の出退勤時間と異なる時間を申請することです。不正打刻・虚偽申告は、本来もらえるはずの給与よりも多い金額を得ることで会社に損害を与える不当行為です。
実際の不正打刻・虚偽申告の手口としては、
- 自分の代わりに同僚に打刻させる
- 退勤時に打刻せず、後で実際よりも遅い時刻を打刻する
- プライベートな飲み会などの後に会社に戻り、労働時間として申請する
- 遅刻した出勤時間を打刻せず、申請もれ分として遅刻していないかのように申請する
などがあります。
では、もし従業員が不正打刻や虚偽申告をしていた場合、何の罪に該当するのでしょうか。
刑法上においては、詐欺罪に該当する可能性があります。詐欺罪は刑法第246条1項において、「人を欺いて財物を交付させた者は、10年以下の懲役に処する」と定められており、勤怠の不正においては“実際に働いていない分の残業代をもらうこと”が「人を欺いて財物を交付させること」に該当すると考えられます。
詐欺で有罪になると、最長10年の懲役刑がその従業員に課される可能性があります。ただし実際には、不正打刻のみで逮捕されるケースは少ないでしょう。
2、悪質な不正は懲戒解雇できる可能性がある
過去の裁判例によると、タイムカードの不正打刻や改ざん・勤怠の虚偽申告が“悪質”な場合は、懲戒解雇が認められたケースもあります。
では、何をもって“悪質”と言えるのでしょうか。
悪質性の基準とされているのは、動機や期間です。単なるルーズさや怠慢から誤った時間を打刻していたのではなく、「残業代をだまし取ってもうけてやろう」という明確な意図があり、その動機に基づいて、長期間にわたって不正打刻を続けていたことの明確な証拠が存在することが、解雇の要件となります。
3、悪質な不正にあたるケース
懲戒解雇が妥当だと考えられるケースの条件は、主に3つです。
●不正に残業代を得る明らかな意図があったこと
●長期間にわたること
会社側の条件としては、
●適切に勤怠管理をしていたこと
が挙げられます。
以下に、具体的な事例をご紹介します。
最高裁判所昭和42年3月2日判決
同僚の代わりにタイムカードを打刻した従業員が懲戒解雇になった判例です。
会社は「タイムカードを他の社員に打刻させたら解雇する」という明確な就業規則(労働基準法第89条)を掲示していました。もしこのような就業規則がなければ、不正打刻した従業員をまず指導する必要があり、即懲戒解雇は有効と判断されにくいでしょう。
4、懲戒解雇が成立しにくいケース
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(1)会社の労務管理に問題がある
従業員による不正打刻・虚偽申告が事実であったとしても、会社の日頃の労務管理に問題がある場合には、当該従業員の解雇が不当解雇と判断されるおそれがあります。
たとえば、以下のようなケースです。- 従業員の不正打刻に気づいているにもかかわらず長期間にわたって放置し、適切な指導を行わなかった。
- これまでに発覚した不正打刻の処分が軽かったにもかかわらず、特定の者を懲戒解雇にした。
- 長時間の離席者(喫煙者)などに指導を行ってこなかった。
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(2)従業員に、だまし取る意図がない
また、従業員に「だまし取る」意図までは認められない場合、つまり単なる未熟さやルーズさが原因であった場合には、懲戒解雇は難しいと考えられます。
たとえば、以下のようなケースです。- 残業時間が実際よりも長いものと短いものが混在している。
- 不正打刻した従業員の社会経験が少なく、不正打刻を反省しており、かつ雇用主の指導も十分でなかった。
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(3)退職が無効とされた「富士ゼロックス事件」
タイムカードの不正打刻をした従業員に会社側が敗訴した裁判例として富士ゼロックス事件(平成23年3月30日東京地方裁判所判決)があります。
この事件では、勤続20年の従業員が虚偽の勤怠報告を繰り返していたため、会社側が自主退職か懲戒解雇を選択するように求めました。この従業員は「会社を辞めるしか選択肢が残されていない」と誤解して自主退職し、その後、復職(従業員の地位確認)と未払い賃金の支払いを求めて訴訟を提起しました。
裁判では、虚偽申告自体は許されないとしつつも、「積極的にY(注:会社)を欺罔して金員を得る目的・意図をもってしたものではないこと、二重請求等に故意はなく、過剰請求額も9420円と多額でなくまた返金されていること、長期に及ぶ杜撰なDI出退勤時刻の入力にはYの勤怠管理の懈怠も影響しているといえること」などを理由として、懲戒解雇は重すぎると判断し、判決では、復職と未払い賃金・賞与計約1300万円の支払いを会社に命じました。
この裁判例においても “会社の労務管理に問題がある”、従業員に“だまし取る”意図がない点が考慮されています。
5、違法にならない退職の進め方とは
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(1)退職推奨は“従業員の自由な意思”に委ねる
退職勧奨とは、会社が従業員に対して“自主的な退職”をすすめる行為を指します。したがって、最終的に退職するかの判断は、従業員の自由な意思に委ねることになります。
退職勧奨は、あくまでも“お願い”というレベルですから、決して強要してはなりません。行き過ぎると違法な“退職強要”になるおそれがありますので、どのように進めるべきか労働問題に実績がある弁護士へ相談すると良いでしょう。
一方、解雇は従業員の意思に関係なく、強制的に労働契約の終了を告げる行為です。そのため、解雇をするためには法律上の厳格な要件を満たすことが求められます。たとえ従業員が何らかのトラブルを起こしたとしても、直ちに解雇することはできず、まずは改善指導を行う必要があります。一定期間の指導を経ても従業員に改善がみられない・従わないという実績があれば、解雇の可能性が高まります。 -
(2)退職推奨が違法にならないための注意点
退職推奨の方法を誤ると、「脅されて強引に退職を求められた」として慰謝料請求をされるおそれがあります。さらに退職の意思表示が無効であったとして、後から未払い賃金を請求されるリスクもあります。
このような事態を防ぐためには、従業員の自由な意思を尊重しながら、慎重に退職をすすめなければなりません。
退職推奨についての有名な判例「日本IBM事件」(東京地裁平成23年12月28日判決)によると、- 手段・方法が社会通念上相当と認められる範囲を逸脱しない
- 不当な心理的圧力を加えたり、その名誉感情を不当に害するような言辞を用いたりしない
ことなどが適法性のポイントとなります。
したがって、従業員に退職をすすめる際には、- 人目のない個室で、相手の名誉を傷つけないような言葉遣いで退職をすすめる
- 従業員が明確に退職を拒否した場合は、すぐに退職推奨をやめる
- 長期間にわたって繰り返し退職推奨してはいけない
- 一度きりの面談であっても、長時間拘束してはいけない
- ひとりの従業員に対して、大人数で説得してはいけない
- 退職推奨に従わなかった従業員に対して報復的な嫌がらせをしてはいけない
- 退職以外に選択肢がないと誤認させない
- 退職推奨は業務時間内に行う
などに気をつけることが大切です。
なお、「退職推奨に従わなければデメリットが発生する(減給・降格など)」という説得は強迫になるおそれがありますが「退職推奨に従えばメリットを提供する(退職金アップ・転職支援)」という説得は法的に問題ありません。 -
(3)懲戒解雇は証拠集めが重要
もし懲戒解雇の条件を満たしていると考えられる場合には、まずは証拠収集から着手しましょう。
当該従業員の実際の退社時間を調べるためには、タイムカードや勤怠表の打刻時間とあわせて、ビルの監視カメラを確認する、パソコンのログを確認するなどの方法があります。証拠集めの方法について疑問があれば、弁護士に相談されることをおすすめします。弁護士であれば、有効な法的証拠についてのアドバイスを提供できます。
6、払い過ぎた残業代は返還請求する
不正打刻による過払い賃金は、従業員に返還請求しましょう。実際は働いていない時間の賃金は、法的に正当な理由がない利益(不当利得)と言えます。したがって、不当利得返還請求権(民法第703条)に基づき過払い賃金+利息を請求できると考えられます(民法第704条前段)。この場合の利息は、令和2年3月31日までは年5%、令和2年4月1日以降に生じた利息については、年3%となります(改正民法第404条2項)。この場合の利息は、毎月の給料日から発生します。
ただし、この不当利得返還請求権にも、消滅時効があります。従業員がわざと不正打刻していた場合には、不法行為に該当する可能性がありますから、「損害及び加害者(当該従業員)を知った時から3年間」「不法行為の時から20年」(民法第724条)となります。
なお、不正打刻が「わざと」と言えない場合には、令和2年3月31日までは10年(民法第167条)。令和2年4月1日以降は「権利を行使することができることを知った時から5年」または「権利を行使することができる時から10年」(改正民法第166条1項)となります。
7、まとめ
従業員が不正打刻をしても、それだけで解雇をすることは難しいと考えられます。解雇をするためには、「会社側が日頃から勤怠管理をしっかりと行っていたこと」「従業員にわざと残業代をだまし取る意図がある」ことが要求されます。また、退職推奨においては、あくまでも“従業員の自由な意思決定”を尊重しなければなりません。
勤怠の不正が発覚した従業員への処分にお悩みであれば、ベリーベスト法律事務所 堺オフィスにご相談ください。労働問題の解決実績が豊富な弁護士が細やかなヒアリングを行い、証拠収集の具体的アドバイスから従業員への処分の働きかけまで、迅速に対応いたします。
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