保全命令とは? 使われるケースや手続きの基本知識を弁護士が解説

2020年06月19日
  • 債権回収
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保全命令とは? 使われるケースや手続きの基本知識を弁護士が解説

裁判において、金銭の返還や不動産の明け渡しなどを請求する場合、訴訟をしている間に債務者が財産を処分してしまう可能性があります。こういった、債務者が勝手に財産を処分する行為を防止するために役立つのが、保全命令の制度です。

堺市を管轄する大阪地方裁判所でも、営業上の秘密を侵害する事件の判決において、保全命令についての判断が行われています(大阪地裁平成15年2月27日判決)。

一方、保全命令の制度は複雑で、どのように手続きを進めればいいかわかりにくいケースもあります。そこで今回は、保全命令が使われるケースや手続きの基本的な知識について、弁護士が解説していきます。

1、保全命令制度ができること

保全命令が認められた場合に何ができるのかについて、保全命令の概要や種類とともに解説していきます。

  1. (1)保全命令の概要と種類

    保全命令とは、民事保全法に規定されている、債務者の財産を強制的に確保するための命令のことです。保全命令は債権者の申し立てに基づいて裁判所が実施します(民事保全法2条1項)。

    保全命令の種類は、下記の2種類があります。

    • 仮差押命令
    • 仮処分命令


    保全命令が認められた場合に何ができるかは、保全命令の種類によって異なります。

  2. (2)仮差押命令とは

    仮差押命令とは、債権者の金銭債権の保全を目的とする制度です(民事保全法20条)。たとえば、債務不履行による訴訟を提起しても、裁判の判決がおりるまで半年以上かかることは珍しくありません。
    つまり、金銭債権について強制執行できるようになるには時間がかかるため、その間に債務者が財産を処分してしまったり、弁済を免れるために全財産を第三者の名義にしたりすることを禁止するのが、仮差押命令なのです。

    仮差押命令が認められると、債務者は預貯金や不動産などの財産を勝手に処分することができなくなります。

  3. (3)係争物に関する仮処分とは

    訴訟の対象となっているものを係争物(けいそうぶつ)といいます。債権者が債務者に引き渡しを求めている預貯金などの動産や、明け渡しを求めている不動産などが係争物です。

    係争物に関する仮処分とは、係争物における債権者の権利の実現を保全するための手続きです。つまり、債務を返済してもらう権利を守るための処置、といえるでしょう。

    係争物に関する仮処分については、下記の2種類があります。

    • 処分禁止の仮処分
    • 占有移転禁止の仮処分


    処分禁止の仮処分は、債務者が係争物を勝手に処分することを防止する制度です。処分禁止の仮処分が認められると、債務者は係争物の売却、所有権移転登記、抵当権設定などができなくなります。

    占有移転禁止の仮処分とは、建物などの係争物の占有の移転を禁止する制度です。係争物の占有が債務者から第三者に移転してしまうと、債務者に対して訴訟をするだけでは係争物を取り戻せないおそれがあるため、占有の移転を禁止して権利を保全します。

  4. (4)仮の地位を定める仮処分とは

    仮の地位を定める仮処分とは、勝訴の判決が確定する前に債権者に仮の法的地位を認めることで、権利を保全する制度です。

    判決が確定するまでの期間、債権者の権利が実質的に侵害されてしまう可能性がある場合などに用いられます。

    たとえば、債権者が所有する土地の敷地内で勝手に建築工事がされている場合、工事を禁止する勝訴判決を待っている間に工事が進行してしまいます。工事が完了してしまうと債権者にとって大きな不利益になるため、仮の地位を定める仮処分によって工事を禁止し、債権者の権利が侵害されるのを防止します。

2、保全命令が適用される具体的ケース

どのような場合に保全命令を利用するのか、保全命令の種類ごとに解説します。

  1. (1)仮差押命令を使うケース

    債務回収のための訴訟を起こして勝訴判決が確定すると、それを債務名義として相手の財産に対する強制執行が可能になります。債務名義とは、執行機関(執行裁判や執行官)によって強制執行されるべき、債権の存在と範囲を公的に証明した文書です。

    ところが、訴訟を起こしてから判決を得るまでには時間がかかるため、債務名義を得る前に相手が財産を処分してしまう可能性があります。

    たとえば、1000万円の貸付金の債権者が貸付金の支払いを求める訴訟を起こしている間に、債務者が自分の財産の全額である1200万円の預金を家族に贈与してしまうなどです。

    仮差押命令の判決がくだれば、債務者が1200万円の預金を処分することを禁止します。それによって、勝訴判決が確定して債務名義を得た場合に、債権者は預金に対して確実に強制執行できるようになります。

  2. (2)係争物に関する仮処分を使うケース

    係争物に関する仮処分を使うケースは、債務者が訴訟の係争物自体に変更を加えてしまうおそれがある場合です。

    繰り返しになりますが、係争物に関する仮処分は、処分禁止の仮処分と占有移転禁止の仮処分の2種類があるので、それぞれ解説していきます。

    ●処分禁止の仮処分
    債権者が債務者に対して不動産の所有権移転登記を求めている場合に、債務者が第三者に不動産を売却してしまった

    処分禁止の仮処分が認められると、債務者は係争物を処分できなくなります。それによって第三者に係争物である不動産が売却されるのを防ぐことができます。

    ●占有移転禁止の仮処分
    債権者が債務者に貸しているアパートの部屋の明け渡しを求めている場合に、債務者が第三者に部屋を占有させてしまった

    訴訟が終わっていないうちに債務者が第三者に部屋を占有させてしまうと、債務者に対する訴訟だけでは部屋の明け渡しを実現できなくなってしまいます。そこで、占有移転禁止の仮処分によって債務者の占有移転を禁止し、明け渡しをスムーズに実現できるようにします。

  3. (3)仮の地位を定める仮処分を使うケース

    仮の地位を定める仮処分は、仮差押命令と係争物に関する仮処分以外における手続きが、広く対象になります。そのため、仮の地位を定める仮処分を使うケースはさまざまです。

    一般的には以下のようなケースがあります。

    • 交通事故を原因とする損害賠償金を、加害者に仮に支払わせる
    • 労働者に対する未払いの賃金を、使用者に仮に支払わせる
    • 土地の境界で争いがある場合など、敷地内で建築工事をするのを仮に禁止する
    • プライバシーを侵害する内容の書籍の出版を仮に禁止する

3、保全命令の手続き方法とは

保全命令の手続きの一般的な流れをご紹介します。

  1. (1)保全命令の申し立て

    裁判所に申立書を提出すると、保全命令の手続きが始まります。申立書には債権者に保全すべき権利があることと、保全の必要性があることを記載します(民事保全法13条1項・2項)。

    また、依頼者の権利を証明する資料や、相手の財産についての資料なども提出します。

  2. (2)裁判所による審理と審尋

    保全命令の申し立てを受けた裁判所は、保全命令を出すべきかどうかを判断するための調査を行います。提出された書面だけで判断をする場合もありますが、保全の種類によっては、審尋として債権者の面接を行うこともあります。

    ただし、相手方に知られると財産を処分されるおそれがあるため、基本的には債務者の面接は行いません。

  3. (3)担保決定と保全命令

    裁判所が保全命令を出して良いと判断した場合、担保金の金額と供託の期日を決める担保決定が実施されます。担保金は不当な保全命令によって相手方が損害を被った場合に、損害を担保するための金銭です。

    担保金の金額は事案によって異なりますが、一般に債権者の請求額の数割程度です。保全命令を実施してもらうためには、債権者が担保金を供託する必要があります。担保金は保全命令に問題がなければ後に返金されます。

  4. (4)保全命令の執行

    担保金の供託の手続きが済んだら保全命令が執行されます。執行の方法は、手続きの種類や相手方の財産などによって異なります。たとえば債務者の財産の仮差押えなどが実行され、財産を勝手に処分することができなくなるなどです。

    保全命令はあくまで仮の処分ですが、債権者が勝訴して判決が確定した場合は本執行が可能になります。たとえば、債務者の不動産を競売にかけて債権を回収するなどです。

4、保全命令を弁護士に依頼するメリット

保全命令は基本的には弁護士に依頼して実施することをおすすめします。保全命令について、弁護士に依頼するメリットを解説していきます。

  1. (1)手続きに素早く対応できる

    保全命令は素早く対応できる能力が重要になります。債務者が財産を勝手に処分してしまうのを防ぐなど、時間との戦いになるケースがあるからです。

    裁判所に保全命令を出してもらうにはさまざまな手続きを完了させる必要がありますが、法律や手続きに詳しい弁護士に依頼すれば、時間をかけずに素早く手続きを完了できる可能性が高まります。

  2. (2)保全命令を認めてもらえる可能性が高まる

    保全命令を実現するには、保全命令の実施が相当であることを裁判所に認めてもらう必要があります。保全命令は債務者の権利を大きく制約することになるため、実施するかどうかは裁判所も慎重に判断します。

    弁護士に依頼すれば、裁判所が保全命令を認めやすい的確な主張や、保全命令の必要性を証明するための適切な証拠収集などが期待できます。また、そもそも保全命令が認められそうなケースかどうかも弁護士に判断してもらえます。

5、まとめ

保全命令は民事保全法に規定されている制度で、請求者から申し立てがあった場合に裁判所が実施するかどうかを判断します。

保全命令の種類には、金銭債権の保全を目的とする仮差押命令、訴訟の対象物の変更を禁止する係争物に関する仮処分、債権者に仮の権利を認める地位を定める仮処分などがあります。

保全命令を裁判所に認めてもらうには、保全すべき権利と保全の必要性を客観的に証明することが重要です。保全命令が認められた場合、担保金の供託が必要になります。

保全命令を検討している場合は、ベリーベスト法律事務所 堺オフィスにご相談ください。民事執行の手続きの経験豊富な弁護士が、保全命令による債権回収を全力でサポートいたします。

  • この記事は公開日時点の法律をもとに執筆しています